高齢者の「多様性」をインサイトに変える共創デザインリサーチ:画一的なアプローチを超える製品開発の鍵
高齢者層の「多様性」をインサイトに変える共創デザインリサーチ
高齢化が進行する社会において、製品開発や企画に携わるビジネスパーソンにとって、高齢者市場はますます重要なターゲットとなっています。しかし、従来の製品開発アプローチでは、「高齢者」を一括りの集団として捉えがちです。これにより、真のニーズを見逃し、画一的な製品しか生まれないリスクがあります。
本記事では、高齢者層が持つ多岐にわたる「多様性」を深く理解し、それを共創デザインリサーチの強力なインサイトに変える具体的なアプローチについて解説します。高齢者の多様性を尊重した共創を通じて、革新的な製品・サービス開発を実現するためのヒントを提供します。
1. 高齢者層における「多様性」の本質を理解する
「高齢者」と一口に言っても、その生活や価値観は非常に多様です。年齢、健康状態、身体機能、認知機能、ライフスタイル、価値観、デジタルリテラシー、社会経済的背景など、多岐にわたる要素が個々の経験を形成しています。
例えば、80代でもデジタルガジェットを使いこなす人もいれば、60代でも身体的な制約を抱える人もいます。都市部に住む高齢者と地方に住む高齢者では、日々の生活行動やコミュニティとの関わり方も大きく異なります。これらの多様性を無視し、ステレオタイプに基づいた製品開発を進めると、多くのユーザーから共感を得られないばかりか、特定の層にしか響かない限定的な製品となってしまいます。
インクルーシブデザインの観点からも、画一的なアプローチからの脱却は不可欠です。多様な高齢者個々人の声に耳を傾け、彼らの抱える固有の課題やニーズ、そして潜在的な欲求を理解することこそが、真に価値ある製品・サービスを生み出す第一歩となります。
2. 多様性を活かす共創デザインリサーチのアプローチ
高齢者の多様性を製品開発のインサイトに変えるためには、共創デザインリサーチにおいて、従来のアプローチを再考する必要があります。
2.1. 参加者の選定とセグメンテーションの深化
共創デザインリサーチの初期段階において、最も重要なのは「誰と共創するか」という問いです。意図的に多様なバックグラウンドを持つ高齢者を参加者として招くことが成功の鍵となります。
- 多角的なセグメンテーション: 単純な年齢層だけでなく、健康状態(活動レベル、持病の有無)、居住形態(一人暮らし、同居)、社会参加度(ボランティア活動、趣味)、デジタルツールの利用頻度など、多角的な視点から参加者を募ることを検討します。
- 「超高齢者」の視点を取り入れる: 75歳以上、85歳以上といった、より高年齢層の視点を取り入れることで、一般的な「シニア」のイメージからは見えにくい課題やニーズを発見できる可能性があります。
- 潜在的なニーズを持つ層に注目: 特定の製品・サービスについて明示的なニーズがないように見える層からも、日常の行動や不便さを通じて、新たなインサイトが得られることがあります。
2.2. 多様な調査手法の組み合わせ
多様な参加者から深いインサイトを引き出すためには、様々な調査手法を組み合わせることが効果的です。
- デプスインタビュー: 個別の深い対話を通じて、個人の経験、感情、価値観、行動の背景を深く掘り下げます。
- 行動観察・エスノグラフィ: 実際の生活環境下での行動を観察することで、言葉では表現しにくい無意識の行動や潜在的なニーズを把握します。参加者の自宅訪問や、特定の活動への同行などがこれに該当します。
- 共創ワークショップ: グループでのアイデア出しやプロトタイプ作成を通じて、参加者同士の相互作用から新たな発想が生まれる場を設けます。この際、身体機能や認知機能の差に配慮し、誰もが参加しやすいアクティビティ形式を工夫することが重要です。
- 日記調査・フォトボイス: 一定期間、参加者が自身の生活の中で特定のテーマに関する記録(テキスト、写真など)を残す手法です。研究者が介入しない状況でのリアルな声や視点を収集できます。
- デジタルツールを活用したリモート共創: 遠隔地の参加者や、外出が困難な参加者にも対応できるよう、オンライン会議ツールやデジタルホワイトボードなどを活用したリモート共創の手法も有効です。
2.3. アクセシビリティへの配慮
共創プロセスそのものがインクルーシブであるよう、参加者の身体的・認知的特性に合わせた配慮を忘れてはなりません。
- コミュニケーション方法: 大きな文字での資料準備、聞き取りやすい速度と声量での説明、専門用語の平易な説明など、高齢者の認知特性に配慮します。
- ツールの選択: タッチパネル操作が苦手な参加者には物理的なカードを用意するなど、デジタルツールだけでなくアナログツールの活用も視野に入れます。
- 時間配分と休憩: 長時間のセッションは避け、十分な休憩時間を設けます。
- 物理的な環境: 移動しやすい会場設定、段差のない導線、明るい照明など、身体的制約を持つ参加者への配慮も重要です。
3. 事例に学ぶ:多様なインサイトから生まれた製品・サービス
多様な高齢者との共創は、従来の市場調査だけでは発見できなかった新たな価値創造につながる可能性を秘めています。
例えば、ある消費財メーカーが「シニア向け調理家電」を開発する際、一般的なアンケート調査では「使いやすさ」や「安全」といった声が多く集まりました。しかし、多様な高齢者との共創ワークショップを通じて、デジタル機器に抵抗がある層からは「ボタンの多さや表示の小ささ」への不満が、趣味として料理を続けるアクティブな層からは「レパートリーを広げたいが、下準備が面倒」といった異なるニーズが浮上しました。
これらのインサイトを元に、直感的なダイヤル操作と大きなアイコン表示を採用したシンプルなモデルと、複雑な調理プロセスを自動化しつつもカスタマイズ性を持たせた高機能モデルという、全く異なる二つの製品ラインが考案されました。これにより、幅広い高齢者のニーズに応える製品ポートフォリオの構築に成功しました。これは、画一的なニーズ把握では到達し得なかった成果です。
4. 共創で得られた多様なインサイトを製品開発に活かす方法
共創を通じて多様なインサイトが得られたら、それをどのように製品開発に繋げるかが次の課題です。
- インサイトの類型化とパターン認識: 収集された膨大なデータから、共通の課題やニーズ、行動パターンを抽出し、類型化します。単に箇条書きにするのではなく、背景にある心理や感情まで深掘りして記述します。
- ペルソナ・ジャーニーマップの多層化: 単一のペルソナではなく、多様な高齢者層を代表する複数のペルソナを作成します。それぞれのペルソナに対してカスタマージャーニーマップを作成することで、製品・サービスとの接点における異なる体験や課題を可視化できます。
- 製品要件への落とし込み: 得られたインサイトが、製品の機能、デザイン、サービス、マーケティング戦略のどの部分に影響を与えるかを具体的に定義します。複数のペルソナ間で異なる要件がある場合は、優先順位付けや、モジュール化による対応を検討します。
- 社内での「多様性」の重要性の伝え方: 共創で得られた生の声や、具体的なエピソードを共有することで、開発チームや経営層に高齢者層の多様性と共創の重要性を効果的に伝えます。データだけでなく、ストーリーが共感を呼び、社内での推進力を生み出します。
結論
高齢者市場は、その多様性ゆえに、画一的なアプローチでは真のニーズを捉えきれません。製品開発に携わるビジネスパーソンが、高齢者の多様性を深く理解し、それを共創デザインリサーチのプロセスに組み込むことは、単に使いやすい製品を作るに留まらず、社会全体のインクルージョンを促進する価値創造へと繋がります。
今日から、御社の製品開発において、目の前の高齢者を「多様な一人」として捉え、その声に耳を傾ける共創の機会を積極的に設計してみてはいかがでしょうか。そうすることで、これまでにない革新的な製品・サービスが生み出され、高齢社会における豊かな生活の実現に貢献できるはずです。