高齢者との共創デザインリサーチの成果を社内説得力に変える:データとストーリーで推進する製品開発
はじめに:共創の価値を社内に浸透させる課題
高齢化社会が急速に進む中、消費財メーカーにとって高齢者層のニーズを深く理解し、それに応える製品・サービスを開発することは喫緊の課題となっています。この課題に対し、高齢者自身を開発プロセスに巻き込む「共創(Co-creation)デザインリサーチ」は、画期的なアプローチとして注目を集めています。しかし、共創を通じて得られた貴重なインサイトやアイデアを、いかに社内の意思決定者や他部門に伝え、具体的な製品開発へと繋げるかという点で、多くの製品開発担当者は課題を抱えているのではないでしょうか。
共創の価値は、単なるアイデア出しに留まりません。それは、高齢者の真の生活実態や感情、潜在的なニーズを浮き彫りにし、データだけでは捉えきれない深い洞察(インサイト)を提供します。本記事では、この共創デザインリサーチから得られる成果を、社内における説得力ある武器として活用するための具体的な方法を、定量的な「データ」と定性的な「ストーリー」という二つの側面から解説します。
共創デザインリサーチから得られる「データ」の活用法
共創デザインリサーチは、単なるインタビューやアンケートでは得られない、多角的なデータを提供します。これらのデータを体系的に収集・分析することで、客観的な根拠として社内での説得力を高めることができます。
1. 定量的データの収集と分析
共創プロセスにおいては、プロトタイプの評価や特定のタスク実行時の行動観察を通じて、以下のような定量的データを収集することが可能です。
- 利用頻度と継続意向: 試用期間中の製品利用回数や、今後の利用意向を数値化し、ターゲット層の関心度合いを測ります。
- 機能評価と満足度: 各機能に対する評価を5段階尺度などで収集し、優先順位付けや改善点の特定に役立てます。
- 時間・操作効率: 特定の操作にかかる時間やエラー発生回数を計測し、ユーザビリティの客観的な指標とします。
- 比較評価: 既存製品や競合製品との比較を行い、優位性を数値で示すことで、製品の差別化ポイントを明確にします。
これらのデータは、製品の市場適合性や改善の必要性を具体的な数値で示すことで、開発投資の正当性を裏付ける強力な材料となります。例えば、「〇〇の機能改善により、操作時間が平均△△秒短縮され、利用者の満足度が〇〇%向上した」といった形で、数値に基づいた効果を提示できます。
2. 定性的データの構造化と可視化
共創の場で得られる定性的データ、例えば高齢者の発言、表情、行動、あるいは特定の状況下での反応は、その量が多くなりがちです。これらを単なるテキスト情報として扱うのではなく、構造化し、可視化することで、インサイトを共有しやすくします。
- キーワード分析: 参加者の発言から頻出するキーワードを抽出し、共感や課題の中心にある概念を把握します。
- 感情マップ: 特定の製品やサービス利用時の感情の起伏を時系列でマッピングし、感情的な「山」や「谷」を視覚的に表現します。
- 引用: 参加者の印象的な発言を具体的な引用として提示し、その「生の声」が持つリアリティを伝えます。これは、データが示す傾向を裏付ける、強力な証拠となります。
これらの定性データは、定量データだけでは見えてこない、ユーザーの深層心理や潜在ニーズを解き明かす鍵となります。
共創デザインリサーチが紡ぐ「ストーリー」の力
データが「何を」示しているのかを伝える一方で、ストーリーは「なぜ」それが重要なのか、そして「誰にとって」それが価値があるのかを、感情に訴えかける形で伝えます。
1. 高齢者の「生の声」と具体的な体験の描写
共創プロセスで最も価値のある成果の一つは、高齢者自身のリアルな声と具体的な生活体験です。これらをストーリーとして語ることで、社内の関係者に深い共感を呼び起こし、製品開発の意義を再認識させることができます。
- ペルソナとジャーニーマップの活用: 共創から得られた情報を基に、高齢者の典型的なユーザー像(ペルソナ)を詳細に描写します。さらに、そのペルソナが製品・サービスとどのように関わり、どのような課題に直面し、共創を通じてどのように改善されたかを示すカスタマージャーニーマップを作成します。これにより、「Aさんという方が、これまで〇〇で困っていたが、私たちが共創で開発した△△によって、より快適な生活を送れるようになった」という具体的なイメージを共有できます。
- 共創エピソードの共有: プロトタイプ評価中に高齢者が思わず口にした喜びの声、新しい機能に驚いた瞬間、あるいは苦労したエピソードなどを、動画や写真、音声などの形で共有します。これは、データシートには表れない「人の感情」を伝える上で非常に効果的です。
2. 失敗事例からの学びをストーリーで伝える
共創は常に成功ばかりではありません。しかし、失敗事例もまた貴重な学びの源です。失敗のプロセスとその背景にある理由をストーリーとして共有することで、今後の開発におけるリスクを回避し、より堅実な意思決定に繋げることができます。
- 「当初、私たちは〇〇というアイデアに固執していましたが、共創参加者の方々との対話を通じて、それが特定の高齢者層には合わないという明確なフィードバックを得ました。具体的には、〇〇さんが…という状況で…と話されたことで、私たちはそのアイデアを見直すことができ、結果として△△というより良い方向性を見出せました。」
このように、失敗を単なるネガティブな結果ではなく、「学びのプロセス」としてストーリー化することで、社内の学びの文化を醸成し、新たな挑戦への敷居を下げる効果も期待できます。
データとストーリーを統合し、説得力を最大化する方法
データが示す「事実」と、ストーリーが伝える「感情」。この二つを組み合わせることで、社内での説得力を最大限に引き出すことができます。
1. データで裏付けられたストーリーテリング
プレゼンテーションや報告書では、まず具体的なストーリーで聞き手の注意を引きつけ、感情移入を促します。その上で、そのストーリーの背景にある課題や解決策を、共創によって得られた具体的なデータで裏付けます。
- 「〇〇さんのような高齢者は、△△という日常の課題に直面しています。この課題に対し、私たちが共創で生み出した新機能『□□』を試用した結果、アンケート調査では満足度が90%に達し、特に『操作のしやすさ』に関する評価は平均4.5点(5点満点)と高い数値を示しています。」
このように、個別の体験を普遍的な課題解決の事例として提示し、それを客観的な数値で補強することで、経営層や他部門は「自分ごと」として捉えやすくなります。
2. 意思決定者への共感と論理の両面からのアプローチ
経営層や投資家は、論理と数字に基づいて意思決定を行う傾向がありますが、同時に製品がもたらす社会的な価値や顧客からの強い支持といった「感情」にも動かされます。
- 製品の市場性: 定量データを用いて、製品が満たす市場ニーズの規模や収益性、競合優位性を示します。
- 製品の社会性: ストーリーを通じて、高齢者の生活の質向上にどのように貢献するか、社会課題解決へのインパクトを伝えます。
これら両側面からのアプローチは、単なる論理的な報告書では得られない、深い納得感と共感を社内に生み出すでしょう。
共創の成果を社内資産として育む
共創デザインリサーチの成果を社内で最大限に活用するためには、それを一時的なプロジェクトの報告に終わらせず、継続的な社内資産として育む視点が重要です。
- 共創アーカイブの構築: 共創で得られたデータ、インタビュー記録、プロトタイプ、共創エピソードなどを一元的に管理し、誰でもアクセスできるナレッジベースを構築します。これにより、過去の知見が未来の製品開発に活かされやすくなります。
- 社内ワークショップの実施: 開発チームや他部門のメンバーが、共創のプロセスや高齢者の声に直接触れる機会を提供します。例えば、共創参加者のビデオクリップを視聴したり、ペルソナとジャーニーマップを使って議論したりするワークショップは、共感を深め、インクルーシブな視点を育む上で非常に有効です。
まとめ:未来の製品開発をドライブする共創の力
高齢者との共創デザインリサーチは、単に製品を開発する以上の価値を企業にもたらします。それは、高齢者の深いニーズを理解し、彼らと共に価値を創造するプロセスを通じて、社内に新たな視点と文化をもたらすものです。
共創から得られる定量的な「データ」は、製品の市場性やユーザビリティを客観的に裏付ける強力な根拠となり、定性的な「ストーリー」は、高齢者の具体的な困りごとや感情を伝え、製品開発の意義に深い共感を呼び起こします。このデータとストーリーを統合し、戦略的に活用することで、製品開発担当者は社内における説得力を飛躍的に高め、高齢化社会に対応したイノベーションを力強く推進できるようになるでしょう。
今日から、あなたの共創の成果を、単なる情報としてではなく、社内の未来を動かす「データとストーリー」として紡ぎ出すことを目指してみてはいかがでしょうか。